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東急バスギャラリー 別館

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2016年 10月 08日

廃線アーカイヴ 森10 下丸子線・渋33 渋谷線

【路線データ】

>>>路線の歴史>>>


 東急バスの黄金時代の路線であった面影は、今ではすっかりなくなっている路線の一つです。
 昭和34年に渋谷駅~大森駅まで開通し、全盛期を迎えました。当時、東急バスではこうした長距離路線は珍しくなく都心乗り入れの路線など数多くあった時代です。当時担当は、池上営業所と淡島営業所が担当していました。路線が長い分、始発と終発の時間に配慮した管轄であったと思われます。その後、大森操車所まで延長され、昭和47年3月には、「渋33」という系統番号が付与されました。この時代は、今では想像もつきませんが1日96回4~5分間隔という路線でした。渋谷口では、渋31・渋32がともに132回あり、三宿~下馬一丁目間は、1日400回近いバスが走っていたことになります。今の2倍近い本数です。
 中延営業所が廃止されるちょっと前の昭和56年5月には、当時、強力に推し進めれていた合理化の一環で路線が、(渋33)渋谷駅~丸子橋と(森10)田園調布駅~大森操車所の2路線に分断されました。分断と同時に、渋33が淡島営業所、森10が池上営業所のそれぞれ担当することとなり、運転本数も大幅に減りました。
 そして、さらに昭和63年にはさらなる合理化が進められ(渋34)渋谷駅~都立大学駅北口が新設され(運転回数24回)丸子橋まで行く回数が半数になりました。翌平成元年12月には、丸子橋の折返所が廃止され多摩川園(現:多摩川)駅まで延長され、現在のような路線になりました。この丸子橋折返所では、品90や反10といった中原街道を走るバスも折返所として使用していました。
 平成5年11月には、森10も廃止され下丸子駅や鵜の木駅、桜坂といったところを走るバスがなくなりました。再三の経営努力にもかかわらず乗客は減り続けての結果でした。あれからもう15年以上がたったことになります。
 平成11年8月からは、渋33と渋34がトランセ委託されることとなり、下馬営業所の担当となりました。その翌年には、多摩川園駅ゆきは、駅の改称とともに多摩川駅ゆきに変更されました。
 平成14年10月の再編では、渋34が東京医療センターまで延長されるとともに、(多摩01)多摩川駅~東京医療センターが新設され、渋33は朝のみの運行となり現在の姿となっています。

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 現在も別の路線が走る区間の多い渋33でしたが、六間道路入口から千鳥町駅までは単独の区間でした。この区間もバスが走らなくなり幾久しいですが、平成21年10月からは、大田区コミュニティバスが下丸子駅周辺を運行されるようになるなど、この空白区間も今一度路線を見直すとそれなりの需要があるのかもしれません。
 当時とは、バス停の名称変更がされている停留所もあるほか「八雲三丁目」(柿の木坂交番~めぐろ区民キャンパス間(片道のみ))、「池尻大橋駅」(池尻~大橋間)なども新設されているので昔の路線図と比較すると当時が思い出されます。

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ダイヤの変遷を比較していくとどのように、再編がされ運転本数が減っていったのかよくわかります。しかし、渋33の始発時刻は昭和47年から変更が一度もされていないことが分かります。終発の時間も同様でほとんど変化がありません。本数が減っても運転されていた時間に変更はなかったようです。

【下丸子線・渋谷線 アーカイヴ】 画像提供:K1655さま、O1000さま ご提供ありがとうございます。

 K1655さま、O1000さまからご提供いただいた貴重な画像をもとに、渋谷線が池上と淡島の共管であった在りし日の渋33を振り返ります。
 ご提供いただいた画像は、往年の東急バスの姿がなんとも懐かしい画像の数々です。渋33は、長らく淡島営業所所管の時期もありましたが、現在は、下馬営業所所管となっています。
 画像は、渋33が短縮される直前と思われる画像を多数ご紹介します。

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 下丸子駅のバス停です。行き先は、今は「西口」となっている渋谷駅南口となっています。背景の家屋も時代を感じるものですが、バス停は懐かしい手書きのバス停名と行き先。この手のバス停は、いまでも若干残っているでしょうか?残っていたとしてもスクリーン印刷された活字体のものとなっていることと思います。後ろには、バスが映っています。
撮影:K1655さま 

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 こちらも懐かしいアイテムの数々。バス停に掲出されていた乗車案内と路線案内でともに山吹色や黄色のものでした。下には、文字が読み取れませんが始発、終発そして運転間隔が書かれています。
撮影:K1655さま

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 渋33の正面から撮影された画像です。画像は、I1594(三菱MR470)で10年目の車体再々生で改番される前はI742であった昭和42年式です。三菱の車両は、画像のように系統版がバンパーのすぐ上に配置されているものが多く、ナンバープレートも左に寄せられていました。また、方向幕の小窓に「ワンマンカー、無車掌バス」と書かれているのもこの時代では残り少ないものであったように思います。
撮影:K1655さま

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 渋谷駅南口のバスターミナルに掲出されていた昭和56年5月26日で路線分断されるお知らせ看板。こちらも懐かしい手書き看板ですが、下には路線改変に伴う「のりば変更」のお知らせも出ています。ちなみにこのときののりばは、21番で現在の渋31のところです。変更後の23番は、現在の渋33・34の位置ですので、このときからずっと変化していないことがわかります。
撮影:K1655さま

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 池上線?の踏切を渡る渋33の後ろ姿です。車両は淡島のA183(三菱MP117K)です。東急バスでは、淡島と瀬田に各2両づつの配置となった車両で方向幕が小さい少数派のタイプで昭和52年度車です。
撮影:K1655さま

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 こちらは、昭和43年式のI1694(改番前はI870)で三菱MR470です。撮影された場所は、大森駅山王口付近と思われます。フォグランプが取り付けられていたり、方向指示器が車体から出っ張っているタイプで、こちらもその当時の様子がうかがえます。
撮影:K1655さま

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 渋33の経由地看板です。広告も付いているプラスチック製のものと思われますが、今でも都立大学駅のバス停前にある定番の八雲堂書店が広告主になっています。また、経由地板は池上のものと淡島のもので表示が違っているなど特徴的なアイテムとなっています。ちなみに車両は、A343(三菱MR470)で呉羽ボディの昭和39年式です。車内の運賃箱も古めかしいですが、全線40円均一と書かれた文字も当時の貴重なものです。さらに、社番横の「ワンマン入口」の表示も古さがわかります。
撮影:O1000さま

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 こちらも同じく渋33の経由地板が映っていますが、池上バージョンです。上の淡島バージョンと比較していただくとその違いがよくわかりますが、始発終発の位置が逆になっていることに加え途中停車のバス停表示もまちまちです。さらに、こちらは通常の鉄板の経由地板で角がさびています。車両は、I1594です。
撮影:K1655さま

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 こちらは、T316さまより譲っていただいた森10が廃止される際のお知らせチラシです。もうすでに「東急バス」になってからのものですが15年以上が経過しています。
所蔵:渋72

平成21年10月12日公開
平成28年10月8日更新   

by shibu72 | 2016-10-08 19:56 | 廃線アーカイヴ


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