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タグ:ポンコツ屋さまご提供画像

2012年 01月 14日
AO514
画像は、ポンコツ屋さまよりご提供いただきました。誠にありがとうございます。厚くお礼申し上げます。



撮影日:昭和63年8月 
撮影地:青葉台駅

【ポンコツ屋さまからの解説】
昭和58年度車のU31Kです。前年度車から新しい5E型ボディを纏うようになりましたが、型式がU32Kに変わるまで後部のルーバーが残っていました。サイドのルーバーも、3Eボディ時代の形状を引き継いでいます。撮影時点で、青葉台営業所にこのタイプは一台だけだったと思います。

【管理人からのコメント】
青葉台に数少なく在籍していた5Eですが、こちらの記録では、昭和58年度車(AO514、AO515、AO516)、昭和59年度車(AO567、568、569)が新製配置されています。ちなみに、後に虹が丘営業所の開設に伴い516、569が移籍していたほか、残る車両も新羽や弦巻に移籍していきました。
UDがいなくなってからは、日野での車両導入が進められ、青葉台営業所は、コーチなどを除き日野に統一してくこととなりました。
5Eが登場したときは、なんて斬新なスタイルをしていてカッコいいんだろうとも思った反面、リアは丸い形状をしており、アンバランスな印象がありました。
当時の青葉台駅のバスターミナルは、今とは違っていて、田園都市線開業当時の雰囲気が残っていました。日体大ゆきのバスが、ここに止まっていたとは今では想像も付きませんね。


by shibu72 | 2012-01-14 09:26 | 昭和58年度車
2012年 01月 14日
A282
画像は、ポンコツ屋さまよりご提供いただきました。誠にありがとうございます。厚くお礼申し上げます。



撮影日:昭和63年8月 
撮影地:渋谷駅

【ポンコツ屋さまからの解説】
昭和52年度から導入された三菱純正ボディのいわゆるブルドッグで、54年度車ではMP117KからMP118Kに型式が変わっています。見た目に大きな違いはありませんが、走り出せばエンジン音の違いが分かったはずです。冷房改造車です。

【管理人からのコメント】
昭和54年度車は、昭和60年に中型車を除き一斉に冷房改造がなされました。エンジン音の違いは、当時同じ形式だと思っていたせいもあり、違いは感じませんでした。昭和53年度車も翌年の昭和61年度にMP117Kだけが冷房改造されました。なぜ、三菱だけだったかは、不明ですが冷房改造によって新しい車両感が高まったのを記憶しています。冷房装備のブルドックも中堅として活躍していましたので。
全面方向幕の若林が大きく、折返所が小さめの表示は懐かしいですね。




by shibu72 | 2012-01-14 09:10 | 昭和54年度車
2012年 01月 14日
O10
画像は、ポンコツ屋さまよりご提供いただきました。誠にありがとうございます。厚くお礼申し上げます。




撮影日:昭和63年8月 
撮影地:渋谷駅

【ポンコツ屋さまからの解説】
東急の社番ではトップナンバーの10です。この車両からリアの方向幕が復活しています。全てのサッシと左右のベンチレーターを開け放った真夏の情景です。

【管理人からのコメント】
前年度までは1300番台までの社番で、昭和49年度車のTA1326を除き、1番台に返り咲きのトップナンバーとなっています。
なぜ、1からではなく10からにしたのかは不明ですが、当時の事情があったのでしょうか。
当初、駒沢営業所に配置されたU20Hです。駒沢営業所の廃止に伴って、路線と共に大橋営業所に移籍しました。
駒沢時代は、系統板もついていたと思いますが、末期は系統板が外され方向幕に系統番号が表示されるようになりましたが、いい時代の車両です。
夏は、非冷房だったので窓全開で走っていたのを記憶していますが、画像を拝見してそれが蘇ってきました。




by shibu72 | 2012-01-14 08:58 | 昭和49年度車
2011年 12月 04日
大橋営業所の廃車体
画像は、ポンコツ屋さまよりご提供いただきました。誠にありがとうございます。厚くお礼申し上げます。



撮影日:昭和63年5月4日
撮影地:大橋営業所

【ポンコツ屋さまからの解説】
なぜか大橋営業所に留置されたMR410(記憶が正しければI1283)。窓ガラスをくまなく目張りされているのが謎です。隙間から覗きましたが、中身は分かりませんでした(素直に聞けばよかった)。同年6月の昭和48年度車全廃に先駆けて、少しずつ淘汰を開始した時期のことです。

【管理人からのコメント】
大橋営業所には、なぜか一時期、大橋以外の廃車体が留置されていました。その時の貴重な記録です。
記録によれば、同じ頃にS1290、A1293が留置されていました。
車両は、やはり窓ガラスが内側からシートのようなもので覆われていました。その理由は、わかりませんが内側にゴミや水が入らないようにしていたのでは、と推測します。


by shibu72 | 2011-12-04 09:34 | ご提供画像
2011年 12月 04日
KA309
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撮影日:昭和62年11月8日
撮影地:川崎営業所

【ポンコツ屋さまからの解説】
KA309(貴サイト社番データより判別)。三菱や日野、UDが静かなエンジンに変わりつつあるK-規制の頃、なぜかCJMだけは甲高い鳴き声のようなサウンドを発していました。川重独特の薄っぺらなシートと併せ、新しいのになぜかワクワクするバスでした。

【管理人からのコメント】
今はなき川崎営業所で、往年のCJMが多数いた時代に撮影されています。リベットの一つ一つまで見える綺麗な画像です。
いすゞ特有のせんべい椅子を有していましたが、エンジン音も特徴的でいまでも蘇ってきそうな記憶があります。
また、窓下には、神奈川のバスらしく、よだれかけをしていたと思われるあとがくっきり写っています。
この世代(昭和54年度車である300番台)のCJMは、川崎営業所には多数在籍していました。新製配置でKA307~KA312がいたほか、日吉から313、314が昭和59年に移籍してきました。


by shibu72 | 2011-12-04 06:20 | 昭和54年度車
2011年 11月 12日
大橋営業所
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撮影:昭和63年頃 大橋営業所

【管理人からのコメント】
わーっ、と言いたくなるくらい好きな車両が並んでいます。
左から、廃車となったM220RL320、O24(RE100)、O126?(RE100)、O1257(4R105)、O128(RE100)
M220は、RJ170BAの代替えで廃車されなぜかわからないですが、大橋で留置されていたものと思われます。
大橋営業所も廃止されてから10年、今は首都高速のジャンクションになっています。


by shibu72 | 2011-11-12 15:50 | ご提供画像
2011年 11月 12日
NI915
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撮影:平成元年5月 横浜駅西口

【ポンコツ屋さまからの解説】
横浜博覧会へのシャトルバス。東急も横浜市営も最新型を充当していました。

【管理人からのコメント】
非常に貴重な画像ですね。私は、実際の風景を見たことがないので興味深く拝見しました。
方向幕もちゃんと装備されているほか、よだれかけもついています。
横浜市は、YES89塗装のバスもいました。


by shibu72 | 2011-11-12 15:39 | 昭和63年度車
2011年 11月 12日
I41
画像は、ポンコツ屋さまよりご提供いただきました。誠にありがとうございます。厚くお礼申し上げます。



撮影:昭和63年6月26日 大森駅

【管理人からのコメント】
大森駅の降車バス停付近ですが、今と大きな変化はありませんね。後ろに映るお店は変わっているようですが・・・。
I41は、三菱MR410で池上にも多く在籍していました。昭和49年度年度車からリアに方向幕が再び装備されるようになり、昭和48年度車のリアとは、大きく印象が変わっています。
方向幕も小さな経由地表示がありました。遠くからはあまり見えませんでした。
池上営業所も以前は、日産車よりも三菱車の方が多く在籍していて、普通に見られた光景でした。


by shibu72 | 2011-11-12 15:26 | 昭和49年度車
2011年 11月 12日
O1258
画像は、ポンコツ屋さまよりご提供いただきました。誠にありがとうございます。厚くお礼申し上げます。



撮影:昭和63年6月 大橋営業所

【ポンコツ屋さまの解説】
廃車になる1週間前の撮影。晩年はもっぱら渋21と森91専門で、中目01の表示は珍しい。O1257と共に最後まで残ったUD2サイクルエンジン車。

【管理人からのコメント】
大橋営業所の工場内での撮影ですね。確かに中目01の表示は、珍しかったと思います。
O1258は、昭和59年3月に池上から大橋に移籍してきました。私も渋41などで乗車した記憶があります。4Rのサウンドは、いまでも耳に蘇ります。


by shibu72 | 2011-11-12 15:18 | 昭和48年度車
2011年 11月 12日
O1317
画像は、ポンコツ屋さまよりご提供いただきました。誠にありがとうございます。厚くお礼申し上げます。



撮影:昭和63年6月 新羽営業所

【ポンコツ屋さまの解説】
O1317、U20H。廃車の一部は新羽営業所に留置されていました。向かって右のMR410はS1288です。当時は中古輸出も今ほど活況ではなかったと思いますが、ここに集められた車両の行く先は聞けずじまいでした。

【管理人からのコメント】
新羽営業所の廃車留置は、懐かしいですね。隣には、東急コーチ1号車(6301)もいます。
地下鉄が開通する頃に営業所の敷地が整備され、廃車が居なくなったと記憶していますが、新羽の名物でした。
最近では、営業所に廃車体が置かれることはあまりなくすぐに業者に引き取られていきます。今では、全国各地で元東急バスが見られる状況となっています。
O1317は、この車両も駒沢組で駒沢営業所その廃止に伴い大橋営業所にやってきました。


by shibu72 | 2011-11-12 15:12 | 昭和48年度車