東急バスギャラリー 別館

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2017年 01月 24日

T1635

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撮影日:平成29年1月24日
撮影地:目黒駅
弦巻で下期にやってきたエルガミオは、外観は変わりませんが、後部座席が1列のものになっています。
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# by shibu72 | 2017-01-24 21:03 | 平成28年度車
2017年 01月 14日

在りし日の日吉営業所

 昭和37年に開設された日吉営業所は、現在の日吉折返所のところにあり横浜駅や下田住宅ゆきの路線など幅広いエリアの路線を受持つ営業所でした。かつては、いすゞ車(もっと前はトヨタ車も)が50両弱在籍していました。
 平成5年10月に東山田営業所の開設に伴い、日吉営業所の路線は、新羽営業所と東山田営業所に引き継がれ廃止となりました。日吉営業所時代に在籍していた車両も平成18年度車の登場で消滅しました。最後に残ったのは、H1256で晩年はお休みが多かった車両です。


以下の画像(下の2枚を除く)は、同じ日の撮影日ですが撮影日は不明です。おそらく昭和58年ごろと思われます。

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日吉営業所  撮影日:不明

 現在の日吉折返所を渋谷方向に見た位置で、在りし日の姿です。画像では見れませんが、安全
第一と書かれた工場の右側には事務所がありました。右に写るBU04も日吉車の象徴であるバックアイが搭載されていますが、当時はかなり大きなものが使用されていました。

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日吉営業所 撮影日:不明

 ななめ横から撮影した車両たち。日吉営業所といえば、いすゞのイメージが強い管理人ですが、
かつては、トヨタ(三菱)DR10/15が多数いたようです。
 画像は、CJM、BU04がずらり並んでいます。

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日吉営業所  撮影日:不明

 こちらは、営業所の全景です。50両近い車両が在籍していましたが、そのほとんどが廃止時には
東山田営業所に引き継がれました。しかし、その車両もあとわずかになっています。

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日吉営業所  撮影日:不明

 こちらは、BU04とBU05の並びです。
 左のBU04は、リアにバックアイがり方向幕がないタイプです。
 しかも方向幕は、経由地と連動型のもので過渡期的なタイプです。となりのBU05と比較すると
車高が違うのが良く分かります。

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日吉駅  撮影日:不明(昭和60年頃?)

 右側が変色している画像で恐縮です。日吉営業所時代の車両の画像です。今は懐かしくなってしまった下田住宅ゆきのシンプルな表示です。
 右に写るのは、旧日吉駅の駅舎です。橋上駅舎で階段をおりたところにバス停がありました。

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日吉駅前  撮影日:平成16年4月17日

 狭い浜銀通りを抜けて日吉駅にやって来たH1256です。こちらは、もちろん東山田所属となっている2年前の画像ですが、まだ幕車であった時代のものです。
 この車両も最後の1台ということで活躍していましたが、平成18年4月の新車導入で廃車となり日吉営業所で活躍していた車両も消滅してしまいました。

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日吉折返所  撮影日:平成21年ごろ

 日吉営業所が廃止された後は、日吉折返所として現在も使用されています。このころは、日吉羽田空港線も運行されており、この折返所が使用されていました。
 画像は、NI3526。



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# by shibu72 | 2017-01-14 15:13 | 風景画像
2017年 01月 14日

踏切を渡るバスの風景

 現在、東急バスで踏切を通過する系統をまとめると以下のとおりです。( )は所管営業所

東北沢(小田急線)       渋55(A)
世田谷税務署(世田谷線)    渋52(A)、反11(T)、園02(T)
若林駅(世田谷線)       渋52(A)、森91(T)
自由が丘駅入口(大井町線)   渋11(A)
奥沢駅(目黒線)        渋33(A、S)、多摩01(S)
武蔵小山(目黒線)       反11(T)
奥沢6丁目(大井町線)    園02(T)
等々力駅、尾山台3丁目(大井町線)  等01(S)
西五反田4丁目(目黒線)   渋72(M)
雪が谷(池上線)       蒲12(I)
池上駅(池上線)       蒲15(E)、品94(I)、井03(I)、09(I)
蓮沼駅(池上線)       蒲15(E)、蒲01(I)、蒲12(I)、品94(I)、井03(I)、井09(I)
新蒲田二丁目(多摩川線)   蒲01(I)
ゼネラル入口、溝の口駅南口(南武線) 溝22(TA)
鹿島田(南武線)       川31(TA)、川33(TA)、川34(TA)
柿生駅北口(小田急線)    柿23(AO)
中恩田橋(こどもの国線)   青55(AO)
新横浜駅、住吉神社前(横浜線) 市03(NI)
久地駅(南武線)       向02(TA)

 上記のうち管理人が撮影した画像をご覧ください。

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世田谷税務署前=松蔭神社前間 撮影日:平成13年11月18日

 夕暮れの風景です。ここは、渋52のほか反11、園02が通過しますが、今ではここを渡るバスはトランセのバスばかりになりました。A970もすでに廃車されていて懐かしい限りです。

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池上駅 撮影日:平成16年11月28日

 ここは、数多くの路線が通過する踏切です。
 現在は、品94、井03、蒲15が通過します。画像は蒲15のE1254が通過するシーンです。通常は、中型車が充当する蒲15も時折、大型車が充当します。

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鹿島田 撮影日:平成16年12月10日

 踏切の先は、長い直線で見通しがいいです。逆の小杉方面は、カーブとなっています。画像のKA209は、これまで溝02に充当することがほとんどでしたが、ノンステ車が増加したため限定運用ではなくなったようです。この踏み切りは、同じ路線の川31・32・33・34も通過します。

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高津中学校入口=ゼネラル入口間 撮影日:平成15年6月28日

 溝22というとこちらの風景が浮かびます。片側通行のルート設定のため、蟹が谷方面のみの通行です。車両は、TA1185が廃車される少し前に撮影しました。溝22もトランセ化されているのでこちらの風景も変わっています。

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蓮沼駅 撮影日:平成16年11月28日

 画像は、蓮沼駅前にある踏切を渡る蒲01ですが、蒲01は、この後進路を進めると今度は、多摩川線の線路を渡ります。さらに六郷土手で行われる花火大会開催時には、臨時直行便が出ますがこちらは、蒲田駅を出てすぐに池上線・多摩川線を渡ります。
 車両面では、昭和57年に中型化されていますが最近は、ノンステ車も走るようになっています。

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蓮沼駅 撮影日:平成28年10月29日
 
 平成28年となり景色の変化はあまりなように感じますが、車両は多くが中型で運行されるようになっています。

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西五反田4丁目=桐ヶ谷間 撮影日:平成13年6月14日

 もうすでに廃車となったM922が、目黒線の踏切を渡っているところです。五反田方面に向かう姿です。中型化される前は、少し手前のかむろ坂を下るため踏切を渡らず左折していました。この踏切を渡る風景もあと数年で目黒線が地下化されるため変わってしまう風景です。

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西五反田4丁目=桐ヶ谷間 撮影日:平成18年4月28日

 平成18年7月2日に地下されることとなった西五反田四丁目付近の目黒線の踏み切りで撮影しました。縁日幕との組合せもあと2回です。

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日下山=雪が谷間 撮影日:平成15年4月6日

 踏切を渡るとすぐ中原街道になるところです。今では、よほどのことがないと大型車が走らなくなりました。画像の車両は、I1205とI1509です。蒲12が中型化される少し前に撮影した画像です。

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武蔵小山=小山台高校入口間 撮影日:平成14年4月7日

 こちらもすでに弦巻に移籍後に廃車となったM5です。反11もトランセ弦巻に移管されてはや2年半、懐かしい風景になっています。この風景も目黒線の地下化に伴いバスターミナルも整備されるようなのであと何年見れることやら・・・。

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武蔵小山=小山台高校入口間 撮影日:平成18年4月28日

 同じ場所での撮影ですが、背景に写っているパチンコ屋「ANGEL」も改装されています。

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奥沢駅 撮影日:平成29年1月10日

 かつては、渋谷から渋33が200本ほど通過していましたが現在は、多摩01と渋33が5往復となっています。平成29年2月1日からはさらに本数が減ります。画像は、瀬田便の画像ですがこちらも廃止されます。
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# by shibu72 | 2017-01-14 10:49 | 風景画像
2017年 01月 07日

在りし日の車両たち 瀬田営業所の三菱

トランセ化や大橋営業所からの路線に伴う車両の移籍やコーチ車両が日野車で導入などさまざまな理由で現在は、三菱と日野が半数ずつの比率となっていますが、瀬田といえばかつては三菱中心の営業所でした。
キュービックロマンスや中型車のUDやいすゞといった車両も配置されていましたがやはり三菱が主体でした。
過去には、さまざまな形式(コーチや一般中型車、ナローロング、ノンステ、ツーステなど)の車両が配置されていましたが管理人的には、MP118やMP218といった車両のイメージが強いです。

トランセ化される前後までの画像を掲載しました。
画像は管理人撮影に、蒲13さんからご提供いただいた画像を含め掲載しました。
蒲13さん、貴重な画像ありがとうございました。

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S729 (MR470) 蒲13さんご提供画像  画像提供ありがとうございます。
  撮影:神学院前?
  撮影日:昭和50年2月21日

 非常に貴重な画像をご提供いただきましたが、先々代のS729です。雪の日の撮影でその雰囲気
は十分伝わる画像です。リアの方向幕は、雪で見えませんがおそらく「東京急行」の表示ではないか
と思われます。
 車両は、MR470だそうですが、リアのルーバーは三菱ならでは?の形状で両サイドの縦長のルー
バーが印象的です。

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S440 (K-MP118K) 蒲13さん撮影  画像提供ありがとうございます。

  撮影:瀬田営業所
  撮影日:昭和63年
  
 瀬田営業所の車両と言えば・・・と思い出されるような普通に見ることができた車両です。この年度の車両は、瀬田営業所に4両配置されましたが、のちに3両が淡島営業所に移籍しています。画像のS440も淡島営業所に移籍しています。

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S498&S497 (K-MP118K) 蒲13さん撮影  画像提供ありがとうございます。

  撮影:瀬田営業所
  撮影日:昭和63年
 
 MP118の並び画像です。管理人の記憶の中で残っている瀬田営業所らしい光景です。どちらの
車両も非冷房車で登場しましたが車体更新時に冷房改造を受けています。

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S90 (MR410) 蒲13さん撮影  画像提供ありがとうございます。

  撮影:瀬田営業所
  撮影日:昭和63年
 
 昭和50年度車のMR410です。社番は手元の記録がないのでわからないのですがおそらくS90・S91・S92のいづれかの車両です。
 昭和63年の撮影ということで既に系統板は、撤去されていますが登場当初はナンバープレートの上ぐらいに設置されていたと記憶しています。三菱車は、系統板の位置が車両によってバンパーのすぐ上のあたりの高さの車両も存在していました。

玉11さんより社番に関する情報をいただき画像の車両は、S90であることが判明しました。
玉11さん情報ありがとうございました。


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S550? (K-MP118K)

 撮影:二子玉川園駅
 撮影日:昭和58年

 玉07に充当中のMP118です。こちらの社番は不明ですが昭和58年度車の550番台の車両です。玉07バス停の位置は、現在と違い現在のコーチのバス停あたりです。うしろに写る横浜銀行も現在は、ドラッグストアに変わっています。

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S82 (U-MP218K)

  撮影:二子玉川園駅
  撮影日:不明

 工事中の二子玉川園駅(現:二子玉川駅)で撮影の1枚です。バス停の位置は、現在と同じところです。まだこのころは、クリーム色のバンパーです。方向幕も懐かしい登場当初のものですがすでに見ることができなくなった方向幕となっています。

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S230 (K-MP118K)

  撮影:二子玉川園駅
  撮影日:平成元年10月

 電鉄時代のS230の画像ですが、バックには東急ハンズのロゴが写っていています。車体更新を受け
てから冷房改造がされていますが登場当初は、非冷房でした。冷房改造は、昭和54年度車を昭和60年の車体更新時に改造を始めましたが、画像の昭和53年度車は、三菱車のみ1年遅れて昭和61年に冷房改造がされました。
 前扉のガラスも4枚タイプですが昭和56年度車から2枚タイプに変わっています。

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S550 (K-MP118K)

  撮影:用賀駅
  撮影日:平成6年1月23日

 用賀駅のバスターミナルが完成した頃の画像です。この頃は、用01も大型車のみでの運行でした
が、現在は、中型車が主流の路線となっています。画像のS550は、車体再々生を受けぴかぴかの状態です。

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S679 (K-MP218K)

  撮影:成城学園前駅
  撮影日:不明

 成城学園前駅での1枚。現在はバスターミナルも完成し、車両とともに懐かしい光景です。
 昭和60年度車は、昭和59年度車と違い三菱でも初めて方向幕まわりが黒くなりました。バンパーは、クリーム色で登場しましたが再々生時に黒に変更となりました。
 また、昭和60年度車には東急バスでは、初めて床材がロンリュームを採用したり、座席シートも青に黒いストライプが入ったものに変更されました。

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S1181 (K-MP218K)

  撮影:用賀駅
  撮影日:平成6年1月23日

 用賀駅で停車中の等12。用賀駅バスターミナルが完成した平成6年1月17日から園03を短縮して等12が誕生しました。年々本数を減らし現在は、ナローロングがよく使用される本数の少ない路線となっています。
 1100番台のMP218は基本的に600番台からのスタイルを踏襲していますが、中扉がこの年(平成2年)から観音扉を引き戸に戻しています。 方向幕も「等々力」の文字がシンプルで見やすいです。

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S1276 (K-MP218K)

  撮影:用賀駅
  撮影日:平成6年1月23日

 こちらも同じ平成6年1月17日から用01と分断された恵32です。
 平成5年度車の1200番台からは、方向幕まわりの周辺がすべて黒くなり、Hゴムで取り付けてあるガラス部分の大きさも方向幕部分のみとなりました。バンパーも登場当初から黒であったため、全体的に黒のイメージが大きくなりました。
 また、車内にはこの年度の車両から次停留所表示のLED表示器が標準仕様となりました。
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# by shibu72 | 2017-01-07 08:11
2016年 12月 29日

SI7812

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撮影日:平成28年10月15日
撮影地:渋谷駅西口
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# by shibu72 | 2016-12-29 14:36 | 平成18年度車
2016年 12月 29日

SI3076

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撮影日:平成28年2月23日
撮影地:羽田空港国際線ターミナル
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# by shibu72 | 2016-12-29 14:33 | 平成22年度車
2016年 12月 29日

「TOKYU CHRISTMAS WONDERLAND 2016 -Disney CRYSTAL MAGIC-」ラッピングバス

クリスマス演出のため東急電鉄の車両、東急バスの車両にディズニーキャラクターのラッピング車が登場しました。
平成28年11月1日~12月25日までの限定ラッピングです。
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A8731(ディズニー) 渋谷駅にて 平成28年12月18日撮影
渋谷エリアの淡島営業所所管 渋51・渋32で運行
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S681(スターウォーズ) 二子玉川駅にて 平成28年12月25日撮影
二子玉川エリアの瀬田営業所所管 玉07で運行
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TA1267(マーベル) 小杉駅東口にて 平成28年11月1日撮影
武蔵小杉エリアの高津営業所所管 川31・33・34・杉05・溝02・03などで運行
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NJ8782(ピクサー) たまプラーザ駅にて 平成28年11月3日撮影
たまプラーザエリアの虹が丘営業所所管 た61・62・63、た41で運行
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# by shibu72 | 2016-12-29 14:30
2016年 12月 22日

SI3631

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撮影日:平成28年12月22日
撮影地:道玄坂上
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# by shibu72 | 2016-12-22 20:15 | 平成28年度車
2016年 12月 22日

SI3630

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撮影日:平成28年12月22日
撮影地:道玄坂上
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# by shibu72 | 2016-12-22 20:13 | 平成28年度車
2016年 12月 22日

T529

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撮影日:平成28年12月22日
撮影地:深沢坂上
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# by shibu72 | 2016-12-22 20:12 | 平成16年度車
2016年 12月 19日

TA562

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撮影日:平成28年12月19日
撮影地:小杉駅
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# by shibu72 | 2016-12-19 18:49 | 平成16年度車
2016年 12月 18日

SI3301

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撮影日:平成28年12月17日
撮影地:大崎駅西口
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# by shibu72 | 2016-12-18 08:33 | 平成25年度車
2016年 12月 18日

NI8717

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撮影日:平成28年12月15日
撮影地:日吉駅
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# by shibu72 | 2016-12-18 08:31 | 平成19年度車
2016年 11月 07日

NI3303

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撮影日:平成28年11月6日
撮影地:河口湖駅
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撮影日:平成28年11月6日
撮影地:センター北駅
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# by shibu72 | 2016-11-07 18:38 | 平成25年度車
2016年 11月 03日

NJ1665

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撮影日:平成28年11月3日
撮影地:たまプラーザ駅
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# by shibu72 | 2016-11-03 18:22 | 平成28年度車
2016年 11月 03日

NI3661

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撮影日:平成28年11月2日
撮影地:横須賀線武蔵小杉駅
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# by shibu72 | 2016-11-03 05:51 | 平成28年度車
2016年 10月 30日

AO1620

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撮影日:平成28年10月30日
撮影地:青葉台駅
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# by shibu72 | 2016-10-30 18:30 | 平成28年度車
2016年 10月 29日

T1630

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撮影日:平成28年10月29日
撮影地:学芸大学駅
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# by shibu72 | 2016-10-29 22:32 | 平成28年度車
2016年 10月 29日

I1614

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撮影日:平成28年10月29日
撮影地:蓮沼駅
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撮影日:平成28年10月29日
撮影地:安詳寺前~久が原特別出張所前
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# by shibu72 | 2016-10-29 22:30 | 平成28年度車
2016年 10月 29日

I1612

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撮影日:平成28年10月29日
撮影地:安詳寺前~久が原特別出張所前
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# by shibu72 | 2016-10-29 22:28 | 平成28年度車
2016年 10月 23日

Ni3362

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撮影日:平成28年10月22日
撮影地:横須賀線小杉駅
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撮影日:平成28年10月22日
撮影地:小杉駅東口
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# by shibu72 | 2016-10-23 17:27 | 平成28年度車
2016年 10月 23日

TA1645

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撮影日:平成28年10月22日
撮影地:小杉御殿町
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# by shibu72 | 2016-10-23 06:50 | 平成28年度車
2016年 10月 18日

NJ1670

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撮影日:平成28年10月18日
撮影地:たまプラーザ駅
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# by shibu72 | 2016-10-18 20:59 | 平成28年度車
2016年 10月 18日

NJ1669

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撮影日:平成28年10月18日
撮影地:たまプラーザ駅
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# by shibu72 | 2016-10-18 20:57 | 平成28年度車
2016年 10月 18日

NJ1668

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撮影日:平成28年10月18日
撮影地:あざみ野駅
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撮影日:平成28年10月18日
撮影地:たまプラーザ駅
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# by shibu72 | 2016-10-18 20:55 | 平成28年度車
2016年 10月 16日

NI3660

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撮影日:平成28年10月15日
撮影地:羽田空港国際線ターミナル
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# by shibu72 | 2016-10-16 16:43 | 平成28年度車
2016年 10月 08日

廃線アーカイヴ 森10 下丸子線・渋33 渋谷線

【路線データ】

>>>路線の歴史>>>


 東急バスの黄金時代の路線であった面影は、今ではすっかりなくなっている路線の一つです。
 昭和34年に渋谷駅~大森駅まで開通し、全盛期を迎えました。当時、東急バスではこうした長距離路線は珍しくなく都心乗り入れの路線など数多くあった時代です。当時担当は、池上営業所と淡島営業所が担当していました。路線が長い分、始発と終発の時間に配慮した管轄であったと思われます。その後、大森操車所まで延長され、昭和47年3月には、「渋33」という系統番号が付与されました。この時代は、今では想像もつきませんが1日96回4~5分間隔という路線でした。渋谷口では、渋31・渋32がともに132回あり、三宿~下馬一丁目間は、1日400回近いバスが走っていたことになります。今の2倍近い本数です。
 中延営業所が廃止されるちょっと前の昭和56年5月には、当時、強力に推し進めれていた合理化の一環で路線が、(渋33)渋谷駅~丸子橋と(森10)田園調布駅~大森操車所の2路線に分断されました。分断と同時に、渋33が淡島営業所、森10が池上営業所のそれぞれ担当することとなり、運転本数も大幅に減りました。
 そして、さらに昭和63年にはさらなる合理化が進められ(渋34)渋谷駅~都立大学駅北口が新設され(運転回数24回)丸子橋まで行く回数が半数になりました。翌平成元年12月には、丸子橋の折返所が廃止され多摩川園(現:多摩川)駅まで延長され、現在のような路線になりました。この丸子橋折返所では、品90や反10といった中原街道を走るバスも折返所として使用していました。
 平成5年11月には、森10も廃止され下丸子駅や鵜の木駅、桜坂といったところを走るバスがなくなりました。再三の経営努力にもかかわらず乗客は減り続けての結果でした。あれからもう15年以上がたったことになります。
 平成11年8月からは、渋33と渋34がトランセ委託されることとなり、下馬営業所の担当となりました。その翌年には、多摩川園駅ゆきは、駅の改称とともに多摩川駅ゆきに変更されました。
 平成14年10月の再編では、渋34が東京医療センターまで延長されるとともに、(多摩01)多摩川駅~東京医療センターが新設され、渋33は朝のみの運行となり現在の姿となっています。

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 現在も別の路線が走る区間の多い渋33でしたが、六間道路入口から千鳥町駅までは単独の区間でした。この区間もバスが走らなくなり幾久しいですが、平成21年10月からは、大田区コミュニティバスが下丸子駅周辺を運行されるようになるなど、この空白区間も今一度路線を見直すとそれなりの需要があるのかもしれません。
 当時とは、バス停の名称変更がされている停留所もあるほか「八雲三丁目」(柿の木坂交番~めぐろ区民キャンパス間(片道のみ))、「池尻大橋駅」(池尻~大橋間)なども新設されているので昔の路線図と比較すると当時が思い出されます。

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ダイヤの変遷を比較していくとどのように、再編がされ運転本数が減っていったのかよくわかります。しかし、渋33の始発時刻は昭和47年から変更が一度もされていないことが分かります。終発の時間も同様でほとんど変化がありません。本数が減っても運転されていた時間に変更はなかったようです。

【下丸子線・渋谷線 アーカイヴ】 画像提供:K1655さま、O1000さま ご提供ありがとうございます。

 K1655さま、O1000さまからご提供いただいた貴重な画像をもとに、渋谷線が池上と淡島の共管であった在りし日の渋33を振り返ります。
 ご提供いただいた画像は、往年の東急バスの姿がなんとも懐かしい画像の数々です。渋33は、長らく淡島営業所所管の時期もありましたが、現在は、下馬営業所所管となっています。
 画像は、渋33が短縮される直前と思われる画像を多数ご紹介します。

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 下丸子駅のバス停です。行き先は、今は「西口」となっている渋谷駅南口となっています。背景の家屋も時代を感じるものですが、バス停は懐かしい手書きのバス停名と行き先。この手のバス停は、いまでも若干残っているでしょうか?残っていたとしてもスクリーン印刷された活字体のものとなっていることと思います。後ろには、バスが映っています。
撮影:K1655さま 

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 こちらも懐かしいアイテムの数々。バス停に掲出されていた乗車案内と路線案内でともに山吹色や黄色のものでした。下には、文字が読み取れませんが始発、終発そして運転間隔が書かれています。
撮影:K1655さま

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 渋33の正面から撮影された画像です。画像は、I1594(三菱MR470)で10年目の車体再々生で改番される前はI742であった昭和42年式です。三菱の車両は、画像のように系統版がバンパーのすぐ上に配置されているものが多く、ナンバープレートも左に寄せられていました。また、方向幕の小窓に「ワンマンカー、無車掌バス」と書かれているのもこの時代では残り少ないものであったように思います。
撮影:K1655さま

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 渋谷駅南口のバスターミナルに掲出されていた昭和56年5月26日で路線分断されるお知らせ看板。こちらも懐かしい手書き看板ですが、下には路線改変に伴う「のりば変更」のお知らせも出ています。ちなみにこのときののりばは、21番で現在の渋31のところです。変更後の23番は、現在の渋33・34の位置ですので、このときからずっと変化していないことがわかります。
撮影:K1655さま

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 池上線?の踏切を渡る渋33の後ろ姿です。車両は淡島のA183(三菱MP117K)です。東急バスでは、淡島と瀬田に各2両づつの配置となった車両で方向幕が小さい少数派のタイプで昭和52年度車です。
撮影:K1655さま

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 こちらは、昭和43年式のI1694(改番前はI870)で三菱MR470です。撮影された場所は、大森駅山王口付近と思われます。フォグランプが取り付けられていたり、方向指示器が車体から出っ張っているタイプで、こちらもその当時の様子がうかがえます。
撮影:K1655さま

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 渋33の経由地看板です。広告も付いているプラスチック製のものと思われますが、今でも都立大学駅のバス停前にある定番の八雲堂書店が広告主になっています。また、経由地板は池上のものと淡島のもので表示が違っているなど特徴的なアイテムとなっています。ちなみに車両は、A343(三菱MR470)で呉羽ボディの昭和39年式です。車内の運賃箱も古めかしいですが、全線40円均一と書かれた文字も当時の貴重なものです。さらに、社番横の「ワンマン入口」の表示も古さがわかります。
撮影:O1000さま

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 こちらも同じく渋33の経由地板が映っていますが、池上バージョンです。上の淡島バージョンと比較していただくとその違いがよくわかりますが、始発終発の位置が逆になっていることに加え途中停車のバス停表示もまちまちです。さらに、こちらは通常の鉄板の経由地板で角がさびています。車両は、I1594です。
撮影:K1655さま

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 こちらは、T316さまより譲っていただいた森10が廃止される際のお知らせチラシです。もうすでに「東急バス」になってからのものですが15年以上が経過しています。
所蔵:渋72

平成21年10月12日公開
平成28年10月8日更新   
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# by shibu72 | 2016-10-08 19:56 | 廃線アーカイヴ
2016年 10月 08日

廃線アーカイヴ 渋70 野沢線

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【路線データ】

>>>路線の歴史>>>


 開設当初は、渋70と同じ渋谷駅~野沢龍雲寺として開設されたようです。その後、昭和31年2月から都営バスと相互乗り入れを開始し、新宿駅東口まで乗り入れることとなります。その当時は、不動前営業所で所管していましたが宿97が廃止される昭和52年までは目黒と大橋で所管変更があり系統番号が付与された当時は、目黒営業所の所管でした。その当時、目黒営業所では宿50 新宿駅~目黒区役所(現:水道局目黒営業所)も目黒営業所で所管していましたので新宿駅へ乗り入れる路線は、宿91も含めた3路線のうち、2路線が目黒営業所所管ということになります。渋70となってからは、しばらく大橋営業所の所管で中目01への短縮やルートの変更がありましたが、平成11年8月にトランセ化とともに下馬営業所の所管となりました。路線の再編を繰り返し、現在は、黒09 目黒駅~野沢龍雲寺に変更され運行されています。現在は、中目01も黒09に統合され土曜日の1本のみの運行となっています。

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 相互乗り入れ時代(宿97)では、新宿駅東口乗り入れのため、渋谷からは明治通りを山手線と平行して走行するルートでした。また、明治通りを走行する都営バスの池86と新宿近辺まで同じルートでした。新宿駅周辺では、ループ運行があり、新宿追分や歌舞伎町を経由していました。宿97時代、渋谷駅東口のバス停は、現在の都営バス田87のあたりに新宿方面があり、世田谷野沢方向は昭和47年3月現在、東急文化会館側銀座線ガード下付近(昭和50年9月の資料では、現在のビックカメラの向かいとなっています。新玉川線の建設の進捗に伴い移設されました)にありました。
 渋70のルートとしては、全長6.2Kmで渋谷駅東口から渋71と同じルートを正覚寺前まで走行、その後は中目黒駅を経由し現在の中目01と同じルートを走行しますが下馬一丁目から先はループではなく往路復路とも世田谷観音経由でした。(中目01も平成5年3月まで同様)
 ルート全体を通して、他の路線と重複ルートのみとなっていますが、主要な駅を経由し通学・通勤の足となるルートとなっています。黒09も目黒区役所が中目黒に移転するのに伴い誕生しましたが、乗客も増え当初小型車の運行であったものがすっかり中型車での運行となっています。これも時代の変化とともに、利用者も変わっているということあらわれのようです。

>>>発終発等の変遷>>>

【宿97】
 昭和47年 3月現在    (始発:新宿駅東口7:08 野沢龍雲寺6:30  終発:新宿駅東口21:38 野沢龍雲寺20:58)
                  運転回数 147回   運転間隔 朝3~4分 昼8分 夕4~5分
【渋70】
 昭和62年 9月現在    (始発:渋谷駅10:00 終発:渋谷駅22:35  昼12分 夕10分 所要時間21~30分)

 バスラマインターナショナル「東急バスのすべて」では、中目01の運転回数76.5回となっており運転間隔は 朝7~9分 昼14~16分 夕11~12分と記載されています。再編されるごとに、本数は減少、運転間隔も開くといった状況となっています。

【野沢線 アーカイヴ】 画像提供:O1000さま、K1655さま ご提供ありがとうございます。

 O1000さま、K1655さまからご提供いただいた貴重な画像と管理人渋72が撮影した画像で在りし日の宿97・渋70・中目01を振り返ります。
 ご提供いただいた画像は、往年の東急バスの姿がなんとも懐かしい画像の数々です。宿97は、目黒営業所所管の時期もありましたが、大橋時代に撮影された画像が多くあります。
 画像は、大橋営業所所管時代までの画像となっています。

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 駒沢通りの坂を力強く登っている2灯式の4R110、O958です。この時代は、宿97として新宿駅東口までゆくバスがここを走っていました。相互乗り入れを都営バスと実施していましたので、都営バスもここを走行していました。今では、想像もつきません。
 画像のO958は、玉電代行輸送用に製造された富士重ボディのバスで時代を代表するバスです。方向幕も両方向表示で、これまた時代を感じます。
撮影:O1000さま

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 こちらも駒沢通りを走行する宿97ですが、同じ4R110でも北村ボディです。現在は、標準となっているフォグランプもこの時代でも装備されていましたが、その後最近まで東急バスではフォグランプなしが、標準装備でした。また、北村ボディの車両は東急バスでは日産のほかいすゞにも架装された車両が相当数存在していました。
 撮影された場所は、ちょうど日比谷線のトンネルを抜けたあたりの位置でしょうか。道路の雰囲気は現在も変わっていません。
撮影:O1000さま

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 昭和56年、大橋に9台導入された日野RJです。このRJは、導入当初渋22の専用車として活躍していましたが、渋22廃止後は目黒や高津、末期は虹が丘に移籍していきました。大橋在籍時代の画像ですが、渋70の表示をした貴重な画像です。実際には、渋70では大型車が使用されており、中型車が運行する姿は見ることがありません。(実際には、使用していた可能性もあり)。
撮影:K1655さま

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 渋70が廃止される際のチラシです。この時代、合理化が数多く実施されていたこともあり、バス停の貼り紙や看板以外に車内の出口付近にこのチラシがぶら下がっていました。この路線の廃止の前段として、昭和59年2月には中目01が誕生し、路線の一部が短縮されていましたが、この再編によりすべて中目黒駅折返しとなりました。廃止区間は、渋71と同じルートであったこともありバスルートそのものとしては、実質廃止ではありませんでした。しかし、渋70が渋谷駅まで乗り入れていた際の乗客数は、非常に少なく廃止もやむなしという状況でした。
渋72所蔵

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 世田谷野沢の折返し所の風景です。場所は、サミットストアのすぐ横です。この頃は、東急バスのほか都営バスも折返所として使用していました。平成5年にこの折返所を廃止し、中目01は現在のようにループ運行となりました。
撮影:渋72

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 大橋時代のO827。登場して、それほど経過しないうちにTOX-BOX号となりました。中目黒GTができるまでは、バスベイがなく正覚寺前で待機していました。世田谷野沢から平成元年12月に野沢龍雲寺に改称されましたが、その直後に撮影したものです。正月の松飾が右側につけられています。
撮影:渋72   平成2年1月5日

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 こちらは、貴重な宿97のリア幕です。この日野RE100は、昭和50年度車であったので、撮影されたのは昭和50年代後半とのことですが、宿97の方向幕を装備していたようです。この宿97のほか、玉電代行輸送の渋02などの幕も装備されていたとのことです。もし実際に使用されていたとすれば新車に近い状態で使用されていたことになります。
撮影:K1655さま

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 廃止間じかの大橋営業所で撮影した一枚です。比較的新しい車両では、版を作るときのミスなのか「中目01」ではなく「中目黒01」と系統表示が違っていました。画像は、O1731ですが、その前の世代の車両では系統の文字が通常よりも小さいタイプの表示で異彩を放っていました。その系統表示を継承して?当時新しい英字併記の系統の上に経由地が書かれたタイプのものでも存在していました。
撮影:渋72   平成14年7月14日

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 同じO1731ですが、側面の方向幕表示です。
撮影:渋72   平成14年7月14日

平成19年12月15日公開
平成28年10月8日更新
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# by shibu72 | 2016-10-08 18:24 | 廃線アーカイヴ
2016年 10月 08日

廃線アーカイヴ 園03 世田谷線

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【路線データ】

>>>路線の歴史>>>


 開設から平成6年1月まで路線の変更がなく、田園調布駅~成城学園前駅までのルート設定がされています。九品仏~等々力までは、大井町線と並行しており、途中踏み切りも渡っていました。このルートは、途中まで現在の園02と同じルートです。園03が走っていた頃は、長距離路線であったためダイヤは乱れがちでしたが、それなりの本数があり需要のあった路線です。平成6年の再編では、用賀駅乗り入れとなりました。その後は、平成13年にトランセ化され現在に至っています。現在は、園03が運行されていた時代と比較すると運行本数や車両面ですっかり変わっています。

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 ルート(全線11.6Km)のほとんどが他の路線と重複しており、園03の独自ルートは等々力四丁目から奥沢七丁目のみとなっていました。そのルートは、等01で復活しています。用賀駅へは、等12に短縮されるのと同時に乗り入れられることになったので園03時代は、用賀~用賀神社間は直進していました。用賀駅を利用するお客さんよりも直進ルートをそのまま乗り通すお客さんが多かったと記憶しています。

【始発終発等の変遷】

【園03】
 昭和47年 4月現在    (始発:田園調布駅6:26 成城学園前駅6:47  終発:田園調布駅21:48 成城学園前駅22:11)
 昭和57年 4月現在    (始発:田園調布駅6:26 終発:田園調布駅21:48 朝6~7分 昼12~13分 夕10~11分)
 昭和62年 9月現在    (始発:田園調布駅6:26 終発:田園調布駅21:48 朝8~12分 昼13分 夕11~12分 所要時間38~46分)

 上記15年で田園調布駅の始発と終発は変更されていませんが、運転間隔が微妙に増えています。バスラマインターナショナル「東急バスのすべて」では運転回数70.5回となっており運転間隔は 朝8~11分 昼13~14分 夕12~13分と記載されていますので昭和62年から平成3年までの間はあまり変わっていないようです。

【園03 アーカイヴ】 画像提供:イーチコさま 毎度ご提供ありがとうございます。

 イーチコさまからご提供いただいた貴重な画像と管理人渋72が撮影した画像で在りし日の園03を振り返ります。
 イーチコさまには、いつもお世話になっていますが、今回ご提供いただいた画像はどれも良き時代の活躍する園03の姿が写っているすばらしいものばかりです。この場をお借りし、お礼申し上げます。撮影は、廃止前日と前々日だそうです。
 さて、園03は、瀬田営業所の所管であったので三菱車の印象が色濃く残っています。現在は、渋11グランド線も淡島営業所に移管されているの
で、田園調布にやってくるのは園01のみとなっています。園03のルートは、あまり大通りは通らず比較的狭いルートを運行していました。

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どちらの画像も田園調布のいちょう並木を通過する姿です。現在は、最徐行区間ということで実施ていませんでしたが現在のバスターミナルが完成するまでは、こちらで停車して運行調整をしている姿が良く見られました。左の画像は、S599の園03ですがうしろには渋11のロマンスも写っています。
右の画像はS496とS599の並び。どちらも田園調布の並木道がきれいに写っています。 画像右手には、降車専用のバス停も写っています。
撮影:イーチコさま   平成6年1月16日

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こちらは、深沢坂上付近の画像です。バスコレの街並みコレクションの題材にも出来そうなバス路線らしい風景です。画像に写っているMPは、S678です。
左の画像は、路上駐車の車両をさけてセンターラインを越えて進む姿です。右の画像は、その反対側からの撮影ですがイーチコさまらしいリアからの撮影です。
撮影:イーチコさま   平成6年1月16日

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こちらは、S551ですが馬事公苑付近撮影でしょうか?とても園03らしいルートの風景かと思います。しかし、ブルちゃんの園03はいいですね~。
この頃は、画像の中で見えるように料金箱がNEC製の緑色のものでしたが、回数券がニョキッと出てくるタイプのものでした。
撮影:イーチコさま   平成6年1月16日

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こちらはS552ですが、園芸高校付近です。このあたりの風景も日々変化をしています。またカーブの連続です。
撮影:イーチコさま   平成6年1月16日

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こちらもS552ですが、リアからの撮影です。イーチコさまならではの画像です。リアの広告看板である「MIBU」の広告は、世田谷区を走るバスに多くつけられていました。
さらに昔は「MIBU」が漢字で「三武」という表記でした。なにげない風景のように見えますが、非常に貴重な記録です。
撮影:イーチコさま   平成6年1月16日

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S598の充当シーンですが、園芸高校付近のカーブを曲がる姿は、懐かしい光景です。ここを通過するバスも現在は、中型車やナロー車の方が多くなってきましました。煎餅イスの大型車に乗車していたのが懐かしいです。
撮影:イーチコさま   平成6年1月16日

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こちらは、成城学園前駅での撮影です。画像右には、路線短縮のお知らせ看板が写っています。車両はS597です。日の丸の旗がついているので祝日であることがわかります。
画像の方向幕も懐かしい旧書体ですが、系統番号が大きく手書きっぽいので、管理人はこの方向幕の字体が非常に好きです。
撮影:イーチコさま   平成6年1月15日

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こちらも同じ場所での撮影ですが、こちらは管理人撮影のS678です。とても懐かしい幕ですが、田の字は微妙に中心がずれています。
園03のバス停は、現在も等12や用06が受け継いでいますが、ここへやってくる車両の面々はすっかり変わってしまいました。
撮影:渋72   平成6年1月8日

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成城学園前駅で待機中の園03のリアからの撮影です。前方には黒05のCJMが写っています。小田急線の踏み切りも現在は、線路が地下化されたため面影がすっかりなくなり、名物の渋滞もすっかりうそのように解消されています。ここにたどり着くのに相当な時間を要していたことすら忘れてしまいそうな感じです。
撮影:渋72   平成6年1月8日

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イーチコさん所蔵の乗り継ぎ乗車券です。94年1月の再編時に、作成されたもので経過措置で1年間配布されていたと記憶しています。方向別に違う印刷の硬券です。
いまでもこういった乗り継ぎ乗車券は、見ることが出来ますが薄い紙のものとなってきており硬券は貴重なアイテムです。
資料:イーチコさん所蔵

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園03が短縮された際、誕生した等12の用賀駅時刻表です。等々力方面は、現在の等12とは違って非常に本数が多いのですが特に日中の本数が現在は1本のところもあることを考えると、この後大幅に減便されたことがわかります。それとは逆に成城学園方面は、この頃とあまり変わっていないです。
画像:渋72所蔵

平成18年3月12日公開
平成28年10月8日更新
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# by shibu72 | 2016-10-08 16:52 | 廃線アーカイヴ
2016年 10月 08日

廃線アーカイヴ 黒04 公園線

【路線データ】

>>>路線の歴史>>>

 東京オリンピック開催と同時に、駒沢営業所が昭和39年10月に開設されました。その際、駒沢営業所~大森駅間が公園線として開設されましたが、その後昭和42年、環七線(新宿駅西口~大森操車所)が開設されたにの伴い、目黒駅~駒沢公園間が新設され目黒営業所に移管されました。目黒通りから駒沢公園へ向かう路線として、15年余り活躍しました。廃止日の昭和59年1月31日は、別れを惜しむように雪が降っていたと記憶しています。
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 目黒駅から中根町までは、他の路線と併走し、駒沢大学駅前までは渋11と同じルート、そして246を少し走り等11や東82と深沢不動まで併走、そして恵32のルートをとおり駒沢公園を一周する路線でした。一応、駒沢公園が終点ということでしたが、国立第二病院~駒沢~深沢不動~国立第二病院は、 片道ループ運行でした。晩年は、併走ルートが多かったせいかお客は少なかった記憶があります。

【運転回数】

【黒04】
 昭和47年 4月現在    (始発:目黒駅6:59 駒沢公園6:30  終発:目黒駅21:30 桜新町20:56)
 昭和54年 4月現在    (始発:目黒駅6:31 終発:目黒駅21:30)
 昭和54年 9月現在    (始発:目黒駅7:03 終発:目黒駅21:30  朝13~14分 昼22分 夕17分)
 昭和55年現在 48回

 運転回数は、ほとんど変わらないまま廃止だったと記憶していますが、目黒駅始発の時刻は30分程度繰り下げられたりもしています。
 しかし、昭和55年現在で48回あり当時、あった黒03の28回を上回るものがありました。

【黒04 アーカイヴ】 画像提供:まこっちゃんさま、Nさま、O1000さま

 まこっちゃんさまからご提供いただいた貴重な画像で在りし日の黒04を振り返ります。
目黒駅の黒04のりばは、黒02・03とともに現在の黒02の位置でした。いろいろな資料や路線図などでも「駒沢営業所」ゆきとなっているものが見受けられますが、管理人の記憶の中ではずっと「駒沢公園」ゆきです。
 ループ区間は、駒沢公園を一周する片道ループでしたが、終点は一応、駒沢公園ということで駒沢公園のバス停で運行調整する姿もあった記憶があります。駒沢公園へ向かうお客の多くは、学生だったと記憶していますが、陸上競技会といった学校行事が実施されていた関係かと思われます。現在の東京医療センターは、国立第二病院として昔からありましたが、そこへむかう高齢者は少なかったと記憶しています。
 使用される車両は、比較的古い車両が多く使用されており、廃止前後のまだ使用されていたRB10などの姿もみることができました。

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田向公園付近での撮影でしょうか。目黒通りを快走する黒04に充当中のM1180。駒沢公園表示の方向幕も懐かしいです。方向幕に系統番号が入る前の時代のもので管理人にとっては、子供の頃よく見かけた光景です。貴重な画像ありがとうございます。
撮影:まこっちゃんさま

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こちらも同じ黒04ですが、中延から移籍でやってきたM1242が充当中のシーンです。こちらは、清水での撮影とお見受けしますが、うしろに写る風景も現在とは、大きく変わっています。この画像を拝見したときは、当時を思い出し非常にうれしくなりました。
撮影:まこっちゃんさま

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こちらは、サイドからの撮影画像です。当時はまだ、側面方向幕の普及が進んでいなかったことと、黒04には比較的古い車両が当てられていたためか、管理人としてはこちらのような系統板表示の記憶のほうが強いです。画像に写る経由地表示も目黒駅-清水-都立大学駅前-国立第二病院-駒沢大学駅-駒沢公園といたってシンプルなものとなっています。
撮影:まこっちゃんさま

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私の記憶の中にある黒04とぴったりな画像で感激しました。撮影は、国立第二病院付近ではないかと思われるM1726(改番まえはM807)の金産4R94。
廃止直前は、目黒の中でも古めの車両が多く使われていたと記憶しています。お客さんも少なく、本数も少なめでしたが、駒沢公園に行くには非常に便利な路線でした。
撮影:Nさま

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大鳥神社付近での撮影ですが、背景が当時の雰囲気を思い出させます。北村ボディの4R110ですが、M828でリアの方向幕は、塗装されているように見えます。この時代の車両は、鉄板で塞がれたものや塗装されたものが多く存在していました。とても懐かしくなる画像です。
撮影:O1000さま

平成17年11月19日公開
平成28年10月8日更新
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# by shibu72 | 2016-10-08 08:04 | 廃線アーカイヴ